2014/9/1UP


恩師の硯

 70年来の師弟の絆に感じ入りました。市内の藤尾小と金津中に先日、千葉県在住の書家氏家禾有さんが愛用の書道用具数十点を寄贈しました。旧藤尾村出身の氏家さんは御年88歳。高齢の恩師に代わり、硯や筆、墨などを届けたのは70代半ばの教え子たちでした。終戦前年の昭和19年夏、氏家さんは藤尾小の前身の藤田国民学校の教員になりました。農蚕学校を卒業し開拓団の一員として南方に向かう途中、乗り込んだ船が日向灘で撃沈され、命からがら逃げのびたそうです。当時18歳。地元に戻って徴兵を待つ間、国民学校の校長に頼まれて教壇に立つことになりました。「若い先生で何でも積極的に動いてくれた」と当時の教え子の1人。年の近い生徒たちに慕われていましたが、氏家さんは書家を志し、昭和26年に学校を退職して上京。保険の外交、商店の住み込みなど様々な仕事で生計を立てながら、書と水墨画の研鑽を積んだといいます。工員として入った鉄鋼会社で達筆を見込まれ、辞令を清書する部署に転じた頃から生活が安定し、制作活動も軌道に乗ったそうです。その後は書道雑誌を創刊したり、銀座や中国で個展を開いたり。就職等で上京してきた教え子たちとの交流も再開しました。以来数十年。氏家さんは高齢を理由に今年3月で自身の書道教室を閉じました。古希を過ぎた教え子たちが伝え聞き、書道用具の寄贈を願い出たところ氏家さんは快諾。「子どもたちに硯や筆を使ってもらい、書道の伝統に親しんでもらえたらうれしい」と氏家さん。遠く離れた地から、今も故郷の子どもたちの成長を見守っています。