2026/6/1UP
歌枕と野茨忌
春の早朝、まちなかが川霧に白く鎖される日があります。道も家々も輪郭を失い、町全体が息を潜めているようです。そんな朝は、『古今和歌集』の「あふくまに霧立ちくもりあけぬとも」という一節が思い起こされます。阿武隈川のほとりを散策しつつ、歌枕の地なのだと実感しました。
先日文学忌「野茨忌」が初開催された詩人・吉野臥城もこの歌枕を題材に代表作の一つ「逢隈川辺」を作りました。当時角田で使われていた「ささらぐ」というなまり言葉が用いられ、朗唱した詩人・西田朋さんは「方言詩とまではいかなくても、臥城の温かみが伝わってくる」と言います。図書館に特設コーナーは設けられましたが、生誕100年、没後150年の節目の年ですから、かつて遺族から寄贈された関係資料の展示も待たれます。
臥城が活躍したのははるか明治・大正の昔ではありますが、角田と詩歌のつながりは遠く隔たったものではないようです。たとえば先日、藤尾地区の「房ずし」近くの看板に、金津七夕では、新古今和歌集にある藤原俊成の<七夕の戸渡る舟の梶(かじ)の葉に幾秋書きつ露の玉章(たまづさ)>が唱えられていると書いてあるのを見つけました。俊成ゆかりの京都・冷泉家の七夕行事「乞巧奠」でも梶の葉が用いられるとか。古式ゆかしい七夕をぜひ見物したいと思います。
読者の皆さまに和歌にちなんだ話題をもう一つ。添付の写真は古今和歌集などの古筆切を貼り込んだ古筆手鑑です。制作年代は安土桃山時代のようですが、来歴を含め調べることはまだ多くあります。それでも、臥城の節目の年に、貴重な文化財の所在が確かめられたことには、何かの縁を感じずにはいられません。角田の文化的側面が紙面で取り上げられることはそう多くはありませんが、阿武隈川のように確かな底流があるようです。
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| 華麗な蒔絵が施された古筆手鑑の内箱 |
